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2016.10.30 [イベントレポート]
「既存の法律に対して疑問を持たず、あえてそのままにしておくという意識があるように思います」ワールド・フォーカス『見習い』-10/27(木):Q&A

見習い

©2016 TIFF

10/27(木)、ワールド・フォーカス『見習い』の上映後、ブー・ユンファン監督をお迎えし、Q&A が行われました。⇒作品詳細
 
ブー・ユンファン監督(以下、監督):皆様、お昼時にこの作品の上映に足を運んでいただきありがとうございます。私自身の作品を東京で上映することが夢でしたので、映画祭の方々からご招待いただけたことに御礼を申し上げたいと思います。ありがとうございます。
 
司会:今日、作り終えた作品を客席でご覧になって、どのように作品を振り返っていますか。
 
監督:私にとっては、このように余韻や疑問を残して作品を終えることが大変重要でした。これは、私の母国であるシンガポールの人たちだけではなく、世界各地の観客の方々に、このような疑問について考えてほしいと思っていたからです。
死刑の問題に関しては、私自身も懸念をもっており、この作品を撮ることによってこの課題に対して別の視点で入り込んでいただき、またストーリーを通じて入り込んでいただけたら良いなという思いで、このような描き方をさせていただきました。
 
Q:作品を作り上げるにあたり、どのような取材を行いましたか。
 
監督:脚本を書き終える前に、3年ほど時間をかけて様々なリサーチを行ってまいりました。その中で、以前シンガポールで死刑執行に関わっていた3名の取材協力者の方々にインタビューをさせていただきました。また、死刑執行の前に付き添いをされる宗教カウンセラーの方々などのお話も伺っております。そして何よりも重要なのが、実際に死刑執行をされた方々のご家族に、どのようなトラウマがあったのかなどのお話を伺いました。ご家族は、社会の片隅に追い込まれたような状況で、死刑執行をされた後も自分たちで生きていかなければいけない状況にいて、お話を聞くのはとても心が締め付けられる思いでした。
 
Q:一瞬で終わった死刑執行の場面と主人公の戸棚を壊す鬼気迫る場面の、時間の取り方や描き方の意図を教えてください。
 
監督:現実的に見てみますと、効果的な死刑執行というのはできるだけ早く行うことが良いとされています。また、ラヒムとしても自分ができるだけ早くできることに対してプライドを持っています。私のリサーチでも、以前に死刑を行っていた方の中にカリスマ的な方が1名いらっしゃり、死刑執行を素早くできることに対しもの凄く高いプライドをもっていらっしゃいました。うまくできることは正確にできるということであり、いわば正確さを示すパフォーマンスのようなものになっているのだと思います。また、ラヒムにとっても、できるだけ正確に素早く執行することができることが、彼の観点から見ると人道的なことではあります。死刑執行はパフォーマンスであるとは思いますが、それは誰に対してのパフォーマンスであるのかという疑問も生まれます。
戸棚を壊すシーンについてですが、この作品の中でこのシーンはアイマンが唯一カタルシスを表現しているところなので、しっかりと時間を割かなければならないと思いました。そして、最後のカタルシスである、自分の過去を手放す点は、ブラックアウトをする部分で描いており、その部分はそのまま残しておこうという意向です。最初の部分については、彼のキャラクターを表現する上で必要だろうということで時間を割いております。
 
Q:死刑をテーマに作品を作ることに対し、シンガポールの観客からはどのような反応がありましたか。また、死刑制度に強い反対意見をもつEUで行われたカンヌ映画祭での観客の反響を教えてください。
 
監督:シンガポールの観客はいい反応をしてくださったように思います。マーケティングを始めて、6月13日から8週間ほどシンガポールで公開されましたが、大変良い反応だったように思います。そして、最後に皆さんに色々な疑問を残したのではないかと思います。
 
シンガポール政府からはなかなか受け入れていただけないのではないかという懸念はありました。プロジェクトを始めて、シンガポールで資金を調達しようとするとどうしても系列機関と同じところで資金を調達しなければならないので、もしかしたら難しいのではないかと心配でした。しかし、申請通りの資金を調達することができ、カンヌ国際映画祭への出品に関しても政府から出張費をサポートしていただき、来年のアカデミー賞にシンガポール代表としてこの作品を選定していただけるとのことでした。ですので、今回この作品を作ってみて学んだのは、政府というのは必ずしも一枚岩であるわけではなく、たくさんの意思決定者がいて、こうした死刑についての問題に対しては政府としてのコンセンサスがあるわけではないことを学びました。この作品の比較的にあいまいな部分が受け入れられたのではないかと思います。
シンガポールにおける死刑の受け止められ方についてですが、住んでいる方々はシンガポールを比較的に安全な場所であると思っていて、それは厳しい法律のお陰と感じています。そのため、。
そうした中で、この作品を作るにあたっては、死刑というものに対して少し違った視点や入り方をしてほしいと考えておりました。これまでも、死刑を扱う作品は多くありました。その多くは犯罪者の視点、死刑を執行される側の視点で描いているものです。リサーチをしている中で、実際に最後にレバーを引く人は、人を殺す権限、つまり権力を持っていることになるので、そのような人たちが自分のことをどのように見ているのか、また、その人たちが他人の命を終わらせることができることを伝える方がより深く感じていただけるのではないかと考えました。また、これまではそのような視点で描かれているものがなかったため、このような作品を作ろうと思いました。
ヨーロッパでの反応は、良かったように思います。フランスでも公開され、レビューも良かったと聞いております。確かに一部では、作品として死刑に対して反対する立場の表現の仕方が弱かったのではないかという批判があったことを聞いております。しかし、私はそのようには思っておりません。私自身は死刑に反対ですが、だからと言って作品の中で1つの意見に人々を誘導するようにはしたくありませんでした。なぜなら、シンガポールに限らず、他の国でも政治の解釈は異なりますし、問題に対していろいろな見方というものが必要であると考えたからです。なので、この作品を見ていただいて、こういったことが起きていることを理解していただくためにはひとつの意見を押しつけたくないと思いました。
 
Q:戸棚の破壊がアイマンのカタルシスだということでしたが、彼が破壊するときに心の中に鬱積していた感情、根底にどんなことを持っている人物だと監督はお考えですか。
 
監督:アイマンの自分の過去との付き合い方や、リリソンの父親が本当にモンスターだったのかどうかという考えは、彼の姉であるスハイラとはだいぶ違う対処の仕方です。スハイラはお父さんがいた時の思い出もありますし、解釈の仕方も違いますが、どちらもそこから抜け出そうともがいています。そして、アイマンについては、若かりしティーンエイジャーの頃にサイクルにはまってしまいました。そこから教訓を得て何とか立ち直り、刑務所の警備をする職を得て、制服を着て法律の正しい側に立つようになりました。しかし、だんだんと惹きつけられるように自分の父親が最後の時期を送った刑務所を訪れ、そこで自分の父親の最後の命を奪ったかもしれないラヒム上官と知り合い、自分の中の失われた父親像をラヒムの中に見てしまいます。それによって、スパイラルに陥ってしまいます。このような形で彼のキャラクターが作られていきました。それに対して、スハイラは自分の逃れる道を見つけて出て行ったという作りになっています。
 
Q:次回作の構想があれば、お聞きしたいです。
 
監督:まだ時期的に早いので何とも言えません。1作目を撮影してから『見習い』を作り上げるまで5年間空いているので次の作品までに5年かからないように願っています。「信念」がテーマとして大きい、そういったものを探求してみたいと思っています。
 
Q: 作品の中でラヒムが中国系の学生に対して「ルールの裏側に隠れている」というセリフを述べるシーンがありました。ラヒムもアイマンもマレー系ですが、シンガポールでの死刑執行役はマレー系が多く、中国系の方はいらっしゃらないのでしょうか。
 
監督:今回、この作品のキャスティングにつきましては、特に人種は関係なく設定をしようと思っております。実際脚本を書いている時点ではラヒムは中国人のキャラクターでした。しかし、キャスティングに入るときに、人種はまったく関係なく、本当に化学反応が良いというか相性のいい役者さん同士で組み合わせをしようということで、マレーシア人でもシンガポール人でもキャスティングをしました。結果的にこの2人の相性がすごくいいと感じて設定をしております。そして、私自身マレー語の会話はできませんでしたが、彼らのために脚本をマレー語に翻訳をしました。
主演の2人がマレー系だということで、若干人種的なマイノリティー的なニュアンスを脚本に反映させたほうがいいと考え、そのようなニュアンスの言葉が入っています。実際には、シンガポールの死刑執行人たちにマレー系が多いというわけではなく、私がインタビューした方はインド系と中国系の方でしたしね。

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