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2016.11.03 [インタビュー]
イラン映画『誕生のゆくえ』は登場人物に誰も悪人がいない事が重要だった
誕生のゆくえ  
舞台女優と映画監督の中流階級の夫婦は、望んでいない妊娠という事態に、葛藤と諍いの日々を迎える。経済状態を考えて一度は中絶を選択したふたりだったが、妻の方に母性が芽生えて踏み切ることができない。イランでは許されていない中絶を題材に、イランの家族制度の変貌をとらえた。監督のモーセン・アブドルワハブは、ドキュメンタリーの編集や短編の制作を経て、これが長編監督2作目。エルハム・コルダは著名な舞台女優でもある。
 
――作品ができあがった経緯をお聞かせください。
 
モーセン・アブドルワハブ監督(以下、アブドルワハブ監督):脚本を書くときはリサーチをしたり、本を読んだり、関係者に話を聞いてからスタートさせます。本作も中絶の問題を抱えている人たちの話を聞き、多くのリサーチを課しました。
 
――中絶はイランでは問題になっているのですか?
 
アブドルワハブ監督:現在のイランは経済的には不安定な状態といえます。とりわけ中流階級の人たちが事態に直面しています。宗教的には禁じられ、伝統的にも受け入れられないのですが、将来の家族の経済状況を考えると、中絶について真剣に考えないといけないのです。今のイラン社会では、中絶は切実な問題になってきていると言えます。ただ、映画は単に中絶を問題としているのではなく家族を問題にしています。
 
――家族というシステムの問題ですね。
 
アブドルワハブ監督:現在のイラン社会では、家族のシステムが変化し、伝統的な家族制度は影を潜めつつあります。でも一方で、変化した家族の形を受け入れられない人たちもいる。まだ、心の準備ができていないところで変化が起きています。そうした矛盾に満ちた家族の現状を描きたいと思いました。
 
――中絶は中流階級の人が最も直面している問題なのですね?
 
アブドルワハブ監督:リサーチしたところ、この問題を抱えている中流階級が多いと分かりました。できるだけ今の生活を維持したいのが理由です。
 
――そうした問題に直面するヒロインの役に、どのようにアプローチされましたか?
 
エルハム・コルダ(以下、コルダ):役者は演じるなかで、どんどん役になりきっていきますが、この役はとりわけ自分に近いと思いました。まず、私もヒロインと同じく舞台の役者ですし、家庭を大事にして仕事も持ちたいと考えています。ただヒロインは中絶を選ばず、仕事を後回しにしても子供を持つ選択をする。愛する夫とは離れて住むけれど、離婚はしないで中絶もせずに家族を守っていく。この部分については彼女の判断と自分の判断は違うので、逆に新鮮でした。
 
――結末は最初から決めていたのですか?
 
アブドルワハブ監督:いつも結末を決めてから脚本を書きます。この脚本の場合は、女性は中絶しないと決めていました。ただ、どうやって決心するのかは決めていませんでした。ストーリーを書くときに決めていたのは、登場人物は誰も悪人にしないことでした。それぞれが自分の意見を述べ、観客に「この人も正しい、あの人も正しい」と思ってほしかったのです。特に中絶を勧める夫については、悪人にしてはいけないと思っていました。
 
――日本でも伝統的な家族の形は中流階級から崩れていきました。同じようなことがイランでも起きているのでしょうか?
 
アブドルワハブ監督:イランの場合は、離婚率が非常に高くなっています。特に中流階級の人の離婚率が高い。伝統的な家族の在り方が壊れてしまっています。中流階級の人は経済的なことばかりではなく、世の中の変化に敏感なのだと思います。
 
コルダ:今の世代は親の世代とは違い、アグレッシブだし、もっと自分の意見を主張します。イラン革命の前の世代は、壁にぶつかったら諦めていました。でも、私のような革命後の世代は、壁にぶつかると方策を探すのです。検閲も増えました。でも諦めずに、自分が幸せな方法を探そうとします。それは社会だけではなく、家族でも同じなのです。ヒロインは自分が幸せでいられる道を考えて選びます。新しい方法を探すことに長けているのです。検閲があるから、人はよりクリエイティブになる、ものを考えるようになるのです。どこの社会にも規制があります。国によって規制の受け入れ方は違います。イランの場合は、分かりましたと受け入れますが、自分の表現したいことを守りながら他の表現方法を探します。それがイラン流なのです。
 
(取材/構成 稲田隆紀 日本映画ペンクラブ)  
 
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