イスラエルに住むヨエルは、長年、連れ添ってきた妻にふとしたことから疑念を抱く。自分の知らない自分名義の家があり、そこに住む男と妻は親しげに接している。ヨエルは謎を解明しようとするが、妻の秘密にはホロコーストの痛ましい記憶が秘められていた。長編デビュー作“Eyes Wide Open”がカンヌ映画祭で注目されたハイム・タバックマン監督が描く「エヴァ」は、静謐で陰影に富んだドラマ。夫婦の情愛、葛藤が画面に細やかに綴られる。
──どのような経緯で作品は生まれましたか?
ハイム・タバックマン監督(以下、タバックマン監督):プロデューサーのダビッド・シルバーが中心になったプロジェクトです。私は後で参加しました。
──ということは、ストーリーはそのプロジェクトで作り上げたものなのですか?
タバックマン監督:そうです。ストーリーはできあがっていました。ただ、シナリオは私自身のアイデアを加えて書き直しました。ヨエル役のアビ・クシュニールとも何カ月も一緒に過ごし、相談しながらキャラクターを作るなど、みんなと共同で作ったというのが正しいですね。
ダビッド・シルバー(以下、シルバー):私がその脚本を手に入れて映画化しようとしました。そのうちに監督が加わり、彼の手によって、全く新しい作品として生まれ変わったのです。
アビ・クシュニール(以下、クシュニール):そう、監督が今の形にしたのです。
──監督はこの作品に対してどんな思いを持って挑まれたのですか。そのあたりのプロセスを教えてください。
タバックマン監督:私は脚本のなかに、自分の人生に照らし合わせて共感できる要素を求めます。それが作品を作り出すエンジンになるのです。私は結婚したことはあるのですが、長く続きませんでした。人と人とが暮らしていて、それがたとえ愛から始まったものでも、長い間の諍いによって地獄のように終わることもあります。人には限界があり、秘密がある。お互いの関係性のなかで、人はどこまで耐えることができるのか。この作品が描くように、憎しみや愛がひとつの軸になって人生は過ぎていきます。私はそこに共感しました。私はこれをこの作品の主題と捉えて取り組むことにしました。
──すでにあった脚本にそういったことが書き込まれていたのですか?
タバックマン監督:ストーリーはほとんど変わっていません。細々した要素を取捨選択しただけです。たとえば、脚本では妻のエヴァは最後に死んでしまいますが、私は彼女が死んだら葬って欲しいという土地をラストシーンに入れることで、観客に判断を任せました。こちらのほうが映画の完成形に近いと思いました。
──プロジェクトに参加したとき、俳優も決定していたのですね。
タバックマン監督:決定していましたが変更もできました。しかしクシュニールさんと話し合ううちに、この役はクシュニールさんしかいないと思いました。彼はコメディ出身で非常に才能溢れる俳優です。私はコメディからドラマに移った俳優を重用します。コメディは、深い悲しみを知らないと演じることができないからです。比類ない演技を彼に披露してもらい、仕上がりに十分満足しています。
──演出面でご苦労した点はありましたか?
タバックマン監督:映画の世界はいろいろ闘いがあるわけで、重要なスタッフが途中でいなくなるといった制作の背後にある闘いが、私にとっては非常に大変でした。ただこういった闘いも私は大好きです。制約の中でいかに撮るか、どう乗り越えるかがひとつの楽しみでもありました。
――時代設定はいつ頃なのですか?
シルバー:1970年代です。このストーリーは事実に基づくもので、当時のイスラエルには、こうした事例がたくさんありました。ホロコーストという悲劇の混乱のなかで、亡くなったと思っていた伴侶が帰ってきた。当時、イスラエルが抱えていたそうした事例が、今回の作品に反映されています。
クシュニール:私が子供の頃に住んでいたアパートに、ホロコーストの生き残りのおばあさんがいました。撮影中に彼女のことを思い出しました。ユダヤ人は学校などでホロコーストのことを勉強するのですが、私自身はイスラエルで生まれ、ホロコーストのことは知りません。勉強するし理解はしますが、実際には体験していないので理解が及びません。この主人公も、ホロコーストに対して興味を感情も抱かない。それが現実で、私もかつてそう感じていました。この作品が訴えるのは歴史、悲劇を風化させないことなのです。
(取材/構成 稲田隆紀 日本映画ペンクラブ)